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伊予青石物語

 

太古からの息吹。

青々とした色と変化に富んだ模様が美しい伊予の青石。全国的にも珍しく、数々の名庭にも景石として使われている。

この石はジュラ紀中期(約2〜1.5億年前)に生まれたものである。土砂が湖や海底に堆積し、それらがプレートの沈み込みにより地下20〜30kmの深さに潜り込み、温度200〜300度、圧力600〜700気圧のもとで変成作用を受けて形成された。その海底でできた岩が、日本列島の骨組みができたとされる大きな地殻変動により隆起し、幾億年もの年月を経て我々の前に現れたのが、伊予の青石なのである。

岩石は地球の歴史そのものである。青石の生まれた背景に思いを馳せれば、太古の息吹を感じずにはいられない。

 


(地図googlemap)
青石は西日本の中央構造線に 沿った三波川変成帯に分布し、 三波川結晶変岩と言われる。
青石はその中で「緑泥片岩」 に分類され、中央構造線の 南側に多く見られる。

 


西日本最高峰、石鎚山
現在の西条市
加茂川上流部
加茂川上流部
加茂川中流部
加茂川中流部
加茂川河口部
加茂川河口部
うちぬき・噴水
うちぬき・噴水

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思いと共に。

横峰寺 横峰寺
横峰寺
極楽寺
極楽寺
極楽寺

弘法大師(空海)様のことは四国では知らない人は居ないほど有名。四国の地を旅してまわり、各地で様々な伝説を残している。四国八十八ヶ所めぐりは、弘法大師ゆかりの地を巡る旅でもある。お大師様は四国の山々を歩き、青石の谷や岩山で壮大なエネルギーを感じたことだろう。

伊予青石の産地には寺が多く存在するが、横峰寺は役行者、空海ともに縁のある寺で人気が高い。



石鎚山山頂・天狗岳

前神寺

 極楽寺の修行僧


伊予青石の産地は修行の地でもあった。役行者(えんのぎょうじゃ)は、7〜8世紀に奈良を中心に活動、石鎚山でも修行を行い、前神寺を開いた。またの名を役小角と言われており、不思議な力で天や山々をかけめぐり、鬼神を自在に操ったという伝説が各地に多く残っている。いまでも、山を聖域ととみなし、深く分け入って厳しい修行をする山岳信仰が一部で受け継がれている。開祖といわれる役小角も、伊予の山々をかけめぐり、青石の地で修行を行ったのかもしれない。

 

西条市近辺の八十八ヶ所寺
第六十番札所 横峰寺 第六十一番札所香園寺 第六十二番札所宝寿寺 第六十三番札所吉祥寺 第六十四番札所前神寺
第六十番札所
横峰寺
へんろ泣かせの難所
第六十一番札
所香園寺
安産の子安大師でもある
第六十二番札所
宝寿寺
11面観音像がご本尊
第六十三番札所
吉祥寺
マリア観音像が安置
第六十四番札所
前神寺
山伏が修行の寺

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青々とした魅力。

清澄庭園
清澄庭園
清澄庭園の青石
清澄庭園の青石
岩崎弥太郎
岩崎弥太郎

東京都江東区清澄にある都立庭園「清澄庭園(きよすみていえん)」は、池の周囲に築山や名石を配置した回遊式林泉庭園で、東京都指定名勝に指定されている。元禄期の豪商、紀伊国屋門左衛門の屋敷をのちに岩崎弥太郎が買い取り、庭園には全国からあつめた伊予青石を含む名石の数々が配置されている。

旧古賀庭園
旧古賀庭園 心字池には青石が使われている
保国寺
保国寺 室町時代の石組みが大変貴重

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坪内逍遙の青石墓。

坪内逍遙
 1859〜1935 岐阜県出身
明治時代に活躍した日本の小説家、評論家、翻訳家、劇作家。代表作には『小説神髄』『当世書生気質』シェイクスピア全集の翻訳をおこなった。

生涯をシェークスピア全集の翻訳に捧げたとも言える坪内逍遙の墓は青みの美しい青石で、静岡県伊東市・海蔵寺に、まるで庭石のようにそっと置かれている。

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庭園作家、重森三玲の青石作品。

重森三玲
 1896〜1975
 岡山市出身
日本の庭作家・日本庭園史の研究家。夫人は西条出身。
彫刻家のイサム・ノグチとの交友など、庭園をとおしての交流は多岐にわたる。
好んで使った言葉に「永遠のモダン」(時代を超えてモダンに見え続けること)と「石に乞わん」(石の命のままに石組みを行うこと)がある。

画像出典:吉備中央町Webサイトより

昭和を代表する庭園作家、重森三玲は、力強くモダンな独特の作風で日本の造園界に大きな影響を与えた人物である。 代表作は、京都の東福寺方丈庭園、光明院庭園、大徳寺山内瑞奉院庭園、松尾大社庭園などであるが、愛媛県西条市内にも個人庭が四庭も残されており、 長年の間手入れされながら維持されているのは驚異ですらある。その庭には青石がふんだんに使われており、青石のメリハリのある造形と、 特色ある石組みがダインはミックに組まれている。

画像出典:中田勝康氏のWebサイトより

織田家(重森三玲作)
巨石の造形は東福寺を思い起こす。四周を巡る棒石による洲浜は圧巻である。

岡本家(重森三玲作)
林立する青石は重森らしく自由な石組みが組まれている。 鋭利な舟石と多彩な青石は伊予の青石の特徴がよく表れている。

 

越智家(重森三玲作)
イサム・ノグチの訪問で有名。
茶室は桂・修学院などの写しが随所にある。例えば切石延段・襖模様・地を活かした 花弁・円窓・網干模様・すさ壁(すさかべ)・障子の吹き寄せ・菰天井・竹の廊下・砂雪隠・瓢箪窓など、 コンパクトな茶室には雄大な夢がある。


参考:保国寺(西条市)
約600年前、室町時代に築造された庭園で、国の名勝とされている。 重森三玲はイサム・ノグチを伴って当寺を訪れている。

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青石の種類

  


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青石加工例
青石加工例

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採石元:いよせき株式会社

 昭和31年、京都の名庭園にも使用されていた銘石伊予の「青石」を、創業者が馬車や三叉(みつまた)を使って採石し、船に積んで近畿・北陸などへ出荷したのが弊社の事業の始まりでした。“最高の銘石をより多くの人に提供し、心の安らぎ感を提供したい ”という創業者の念いを引き継ぎ、世界に誇れる石文化の伝承を目指しております。

 人々の石への念いは、古代より特別のものがあります。石に神様を、愛する人を、愛する言葉を念って、石を使い、石を建立します。それらを永遠のものと願う人々の熱い念いがそこにはあるのです。そんな素晴らしい、大切な仕事のお手伝いを通じ、それを実現する事が、私たちの重要な使命なのです。

 その仕事は我社だけで出来るものではありません。石を切り出す人、運ぶ人、加工する人、据える人、多くの人々が共に助け合ってこそ、念いのこもった仕事ができるのです。それが完成し、念いが実現した時、共に喜び合う事が出来るのです。

 

 ◆経営理念 : 石への永遠(とわ)の念いを込めて 石とともに喜びを分かち合う

 

創  業:昭和31年8月  会社設立:昭和41年8月

営業種目:造園石材、墓苑石材、建築石材、及び関連資材の加工と販売

事業領域:やすらぎ空間・創造提案業・工事店・販売店支援業 従業員数:44名









青石の歴史

古生代後期〜ジュラ期? 泥の堆積

ジュラ紀初期〜中期? 変成作用、青石の形成

石炭紀〜三畳紀? 本州造山運動

 

いよせきの歴史

1956  伊予青石の採取開始
1960  西条市神拝に本拠を構え、庭石の採取及び販売を展開
1967  庭園用資材の販売部門を開設、青石の灯籠に人気が出始める
1976  石材加工の機械が進歩し、各地で複雑な加工が可能になる
1978  墓石の建立が盛んになる
1985  青石を磨く技術が飛躍的に向上。また、青石を庭に使う例が増加
1997  徳島で青石の需要が高まる
2000  高知で青石の知名度が高まる
2008  青石を使った小物の販売開始
2010  青石物語として青石の魅力を再度掘り起こす
 

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伊予青石物語

編集・製作/いよせき株式会社

〒793-0003 愛媛県西条市西ひうち3-2

Tel.0897(55)1414(代)

Fax.0897(56)1454  

2010年6月発行 (C)2010 Iyoseki Corp.

 
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